FC2ブログ

スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←文学的な、それはもう大変に文学的な 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 日記
もくじ  3kaku_s_L.png 頒布
もくじ  3kaku_s_L.png 小説
  • [文学的な、それはもう大変に文学的な]へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

小説

コスモ撫子

 ←文学的な、それはもう大変に文学的な 
 
西暦三千十二年七月七日。昔よりも格安で宇宙旅行が出来る時代。貨幣が完全に電子化された時代。燃料問題が解決し、新しいエネルギーが開発された時代。欠損した身体の部品が家電量販店で売っている時代。あらゆる信仰に宇宙論が水増しされた時代。生物的な営みによって生まれた子供が差別される時代。人の脳が完全にエミュレーション出来るようになった時代。機械と生物の境目が曖昧になった時代。趣味によって新しい個体を作れる時代(政府の承認を得れば)。正義とか悪とかが無い時代。好きな夢を見られる時代。性別の違いによる認識のズレが無くなった時代。文化的という言葉が第一の時代。ゆっくりと衰退する時代。 

黒檀の空に砕いた宝石をばら撒いたような夜空を見上げて、撫子は溜息を吐きだした。
地上から伸びる光の線路、その上をなぞって銀河鉄道は昇っていく。
吐き出された白煙は尾のように宙空へ残り、やがて風に吹かれて消えていった。
撫子はと言えば、初めての宇宙旅行に緊張していて、それらの宇宙的な風流を楽しむ余裕は無かった。
金星行きの便まではまだ少しの時間もあったので、撫子は宙港の中にあるカフェテラスへと入る。何か暖かい物でも飲んで気を落ち着けようとしたのである。
カフェテラスの中は割合に混み合っていて、席につけるか心配したが、店員は「相席で構わないなら、直ぐにご案内できます」と言った。既にこの時の撫子は落ち着くことよりも喉を潤すことを第一にしていたから、その提案を飲むことにした。
 
席は窓側にある二つの椅子が向かい合ったものだった。既に一つの席には初老の紳士がいて、何か飲んでいる。店員が相席の許可を申し出ると、紳士は穏やかな面持ちで、それを許した。
撫子は紳士に礼を言うと席に着き、電子財布を品書きにかざした。電子財布の液晶端末に様々な飲み物や軽食の画像が浮かぶ。撫子は少し迷ってから、土星カプチーノを頼んだ。
「お嬢さんは洋風贔屓かね?」
品書きを閉じた所で、紳士が撫子に尋ねた。
「見ず知らずの仲だが、これも何かの縁だ。少しお話しなどいかがでしょう?」
撫子は見ず知らずは仲と言って良い関係なのか文法的な疑問を感じたが、それは前時代的な考え方だと思い、その疑問を流した。
「構いませんわ、おじ様。でも残念です、私は何も面白いお話しは出来ませんの」
 撫子がそう言うと、初老の紳士は満足気に頷いた。
「私はお嬢さんを鸚鵡か何かと思っているわけではありません。一方的に話して貰いたいわけではない。何、会話などたわいもない言葉のやりとりで自然に生まれるものですよ」
撫子は納得した。
「確かに、既にこうしてお話しできていますものね」
 そうしていると、店員は撫子のもとに土星カプチーノを運んできた。
「そういえば、おじ様は先ほどお尋ねになりましたね。私はこれといって特に洋風贔屓というわけではありません」
 撫子は土星カプチーノを一口啜ると、紳士の飲み物をちらりと見た。
「おじ様は和風贔屓なのですか?」
紳士が飲んでいるのは、どうも緑茶的な何かのようだった。紳士もそれを一口啜り、美味そうに目を細めて言う。
「これは抹茶と言いましてな。今よりも、もっと時代を遡った日本で飲まれていたものですよ」
紳士が言うには、抹茶というものは既に上流階級の嗜好品であり、中流階級の人間には馴染みの無いものらしかった。撫子も、抹茶という物の存在は知っていたが、今までに目に掛かれる代物ではなかったので、興味をひかれた。
「高価な物なのでしょうか」
撫子はそう、紳士に尋ねた。しかし、意外にも紳士の答えは予想とは違ったものだった。
「いいえ。茶葉自体は大したものではありません。といっても、これが広く飲まれていた時代よりは価値も上がっているでしょうけれど。大切なのは文化値ですから」
この時代ではすべての物事に文化値というものが定められており、その文化値の上下によって、そのまま物事の優劣が決まるのだ。
つまり、抹茶というものは文化値の基準を上回った値を持っており、撫子のような中流階級の下の生まれには馴染みがないのだった。
「残念ながら、お嬢さんの持っている電子財布では買えないものでしょう。電子財布には個人の階級層がインプットされてますから」
そんなことは撫子にも解っているのだが、ここはあえて黙っておく。往々にして、大人というものは子供に何かを教えたがる生き物なのである。そうすることで、自分は大人だ、と自身に確認させているように思う。
「つまり、私の電子財布を品書きにかざしても、抹茶の項目は出てこないというのですね?」「そういうことですな。逆に言えば、私の電子財布では買えない物もある」「それはなんでしょう」
その情報は撫子にも新鮮なものだった。富めるものに買えないものは無いと思っていたのだ。
「例えば、清涼飲料水などは我々には買えない物も多いのです。コーラやサイダーといったものは買えますがね、広く大衆向けに作られた安価な物はとても・・・・・・、缶コーヒーとか言いましたか?」
広く大衆向けに、と言った際の紳士の顔には少なからず侮蔑の色が見て取れた。
「あんなもの、飲めなくても構いませんわ」
紳士に対して、撫子はそう返した。むしろ、コーラやサイダーといった物の方が撫子には魅力的だった。
「安い珈琲豆を使った割には、工夫次第で味をいくらでも変えるというではありませんか。実に興味深い代物です」
「大して味に変化なんてありません。私にはその抹茶という物の方が興味深いのですが」
「結構、渋い味ですよ」
「前言を撤回いたします」
撫子は苦いのは好きだが、渋いのはそもそも味として認めていないので、抹茶という物に対しての興味を失った。自分の土星カプチーノをもう一口啜る。合成牛乳のまろやかな味わいが口に広がった。
「それで、お嬢さんはどちらへ?」
「ちょっと金星まで行こうかと」  
そういえば、せっかくなのだから金星に因んだ飲み物でも頼めば良かったかと撫子は思った。はて、どんなものがあったかと頭の隅を探すが、しかし撫子は金星ビール以外には思いつかなかった。
「私、お酒は飲めませんのよ」
「・・・・・・? そうですか」
紳士は不思議そうな顔をした。
「金星までなにをしにいかれるのです?」
「父がそこで働いておりまして、一緒に暮らしたいと言っているのです」
「すると、お父上は濃硫酸ガスの撤去作業工をしておられるのですね。大分、作業は進んでいると聞いていますが」
「さあ、どうなんでしょう」
移住計画の最適地である金星は、改造計画の途中である。撫子の父はそこで金星を覆う濃硫酸ガスを撤去する作業を行っている。既に、金星の六十パーセントには移住が可能となり、生類(これは人と、それに準ずる知能を持った機械たちの総称です)は次々と新天地を求めて移住を開始していた。
「アルカリ性物質を使ってどうこう、とは聞いたことがありますけれど」とだけ撫子は言っておいた。実際の所、撫子自身にも父がなにをしているのかは良く解らない。
「おじ様はどちらへ?」
「私ですか?私は火星へ帰る所ですよ」
 紳士はそう答えた。
「火星?では、地球へはバカンスで?」
「地球は重力がキツくていけませんな。金星は地球とそう変わらないと言いますから、お嬢さんは苦労しなくて済みそうです」

やがて紳士との会話は地球の話しへと移っていった。
「お嬢さんは地球の何処から来たのですか?」
紳士は尋ねた。撫子は地球の極東の国、日本から来たのだと答える。すると、紳士は目を丸くして、かと思うと、次には子供のように爛々と輝かせた。
「日本ですか、それは素晴らしい。特別文化保護区の生まれですか」
「その呼称を嫌う者もいましてよ。こと日本人は特に」
「これは失礼。私は日本の文化を気に入ってまして」
紳士は謝罪した。撫子自身、特別文化保護区生まれを嫌っているわけではないが、この檻の中の珍獣を見るような目は気に入っていなかった。  
「日本はそれ以外の国と比べても実に変わった文化をお持ちだ」
「いいえ、それは違います。文化値の制定が無ければ、日本も洋式化が進み、さして外国と変わらない文化になっていたことでしょう」
かつて、人がまだ宇宙を仰ぎ見ていた頃に出来た文化値という価値観により一部の強力な国々はいくつかの国の文化を保護しなければならないと考え始めた。その国の文化がこれ以上進まないように。それでいて他の国と関係を保てるように僅かな技術を与えて。
「箱庭のようなものです」
撫子はさらりと言った。その態度は紳士を幾分か不機嫌にさせたようで、「いえ、他に類を見ない文化は、優れたる者達によって守られてしかるべきなのです」とこう言った。
「そもそも、日本の言語はどの国の言語から派生したものかも解っておらず」
「どうでもいいじゃあありませんか、おじ様」
「どうでも良くはありませんぞ。失礼ながら、あなたは自国の文化について、もっと良く知るべきだ」
「貧しい者にはそんなものどうでも良いのです。我々には宇宙旅行でこそ、十万円ほどでようやく足りるようになったばかりです。西の大陸の方ではデパートで人の生体部品が売っていて、壊れた部分はすぐに取り替えられるというではありませんか。私もそういう国で暮らしたいです」

撫子は中身の少なくなった自分のカップを揺らした。
「クローン技術が進んでいますからな。しかし、あんなものは下品で醜悪であると言わざるを得ません。生まれ持った顔や身体を、まるで服でも買うかのように漁り、偽物で着飾る」
「おじ様のその鼻、去年の夏に出た比較的に新しいモデルの生体部品ではありませんか?」 日本にも一部では生体部品のカタログが流通している場所もある。以前、病院で見かけた雑誌の広告にあったモデルを、紳士は使っていた。
「以前、病気で腐らせてしまいましてな。これは正当な医療機関で取り替えてもらったものですよ。その辺の若い者のファッションとは違います」
撫子にはどうもそうは思えなかった。紳士とて、鼻を取り替える際にはどれでもいいというつもりで選んだものではない筈だ。今つけているものが元の鼻よりも格好悪い鼻だとは決して言えまい。
「そうですか。それは失礼いたしました」
撫子は一応、そう言っておいた。なにも喧嘩がしたいわけではないし、これ以上話していても平行線を辿る一方であることは明らかだった。こういう思考の傾向を、日本人らしいと言う。
ふと、撫子の頭に疑問が昇る。
「おじ様は先ほど、火星に帰ると言っていましたね。今までの話しからすると、おじ様はどうも火星生まれというわけではなさそうですが」
撫子の質問に、紳士は鼻の頭を掻いて答える。
「そうです。私自身は地球生まれです。火星で酸素資源会社を営んでおりましてな。休暇を利用して、地球へ帰ってきていたのです」
「まあ、酸素資源を取り扱っているのですか」
移民惑星では水資源、酸素資源は命よりも重く、それを扱うとなれば紳士は撫子が思っていたよりもかなりのお金持ちであることは間違い無さそうだった。

きゅるるる。蛙の合唱のような音が撫子の腹から鳴った。

「お腹が空きましたかな?」と紳士は尋ね、品書きを開いた。どうも、食べ物を奢ってくれるようである。
「いえ、そんな」と撫子は紳士が品書きを繰るの止めようとした。けれども紳士は口元の髭を揺らして、電子財布を品書きにかざした。なにやら品物を注文してしまったようだ。
「若いお嬢さんと食事を一緒にできるなら、光栄です。それに、貴女はなにやら世間の者たちとは多少ズレがあるように見える。話していると面白いのです。それとも、お時間が余り無いですか?」
紳士は撫子に一度断ってから葉巻を取り出して火を付けた。これも非常に文化値の高い物である。
「いえ、時間は有るのですが、よろしいのですか?」
「せっかくですから、普段食べられない物を注文してみました」
紳士のその言動にはいささか貧しき者を怒らせる何かがあったような気がしたが、撫子の腹は欲望に忠実であった。肉、果物、一体何が来るのだろうと楽しみである。

鼻腔をくすぐる芳醇な香りに気づく、それは紳士の葉巻から漂う煙だった。
「葉巻という物も、見るのは初めてですわ。煙を味わうものだとか。それって美味しいんですの?」
撫子、長年の疑問であった。物が燃えて出た煙など口にしたところで味など苦いだけではないかと思っていたのだ。
「美味しい、というのは少し違うかもしれません。なんと言うか、こう、すぅーっとする感じです。味はいかに煙を吸いやすくするかの工夫だと思います」と紳士は言った。
「では、味は二の次だと?」 
「紙巻き煙草ならばそうでしょう。ですが、葉巻の場合は味に重点を置いているような気もします」

正直、余り気にして吸っているわけでもありません。と紳士は付け加える。

「一本、吸ってみますか?」と紳士は銀製のケースから葉巻を取り出して一本差し出した。
「どうやって吸えば良いのです?」
「まず吸い口をカッターで切って作るのです。咥えて、火を付けながら一口吸ってください」
撫子は言われた通りにしてみた。カッターが葉巻を切り落とす感触は少し楽しかった。
恐る恐る葉巻を咥えて、火を付ける。咽せた。
「これは、なんというか、結構なお味で」
もはや無いに等しい木星カプチーノの残りを、くいっと口に含む。紳士が目の前に居なければそのままうがいして吐き出したかった。
「いや、まぁ、やはりそうなりますか」
「解っていて、おやりになったのですか?」
「始めはそうなりますな」
撫子はとんでもない人だと思った。だが、気づけば喉の奥に僅かに残った葉巻の煙が心をくすぐる香りを持っていることに気づいた。なるほど、これは中毒になる。
「無理をなされるな、消してしまっても結構ですよ」
紳士はウェイターに水を持ってくるように言った。
「でも、もったいないでしょう?」
「燃えている部分を切り落とせばまた吸えますよ。葉巻は一本で二時間は持ちますから。それは記念に差し上げましょう」
紳士は撫子から葉巻を取り上げると、燃えている部分をもみ消し、カッターで切り落とした。完全に鎮火したことを確認してからテーブルに備えられたタウパーでくるくると包む。
「これでよい。吸えなければ金星のお父上に差し上げなさい」
「吸いかけを与えるのはどうかと思いますが」
「娘の吸いかけなら、むしろ喜ぶのではないですか?」
 そういうものか。と撫子は一応納得して、タウパーに包まれた葉巻を貰った。
「ともすれば、極上の土産になることでしょう。」紳士は口から煙を吐き出した。
「失礼になるかもしれませんが、おじ様に子供は?」
「いますよ。男が二人ね。今度、女の子が生まれます。クローンセンターの技師
が言うにはあと二ヶ月ほどで完成するようです」
 クローンベイビーはこの時代の一般的な出産方法である。受精卵を人工的に作り、人工子宮の中で育てる。母胎に負担をかけないとして爆発的に流行っている。
「未熟児や、障害を持った子供も生まれなくなりました。良い事です」
 紳士は目を細めて言った。
「いまでも貧困層では従来の生物的な営みで子供を作っています。稀にはそういう子供も生まれるようですが」
「悲しいことです。そういった子供が生まれることは紛れもない悲劇です」
「そういった子を生んだ親が聞いたら怒りますわよ」
「差別しているわけではありません。大切なのはどう生きるかです。そういった親たちも、言っているではありませんか。ですが、子供にとっては普通に生まれることが幸せでしょう。安全に健康に生まれてくるように我々は努力すべきではありませんか?」
「そのためには機械的な技術で子供を育てることも是とするのですか?」
「もちろん、母親から生まれるのが本来正しい在り方でしょう。ですが、我々は生物的に退化しすぎた。子を思えばこそ、時には外法も必要だと言うことです」
 そう言った紳士の目は穏やかではあるが、どこか寂しげでもあった。こういう表情を、親の顔と言うのかもしれない。
「お若い貴女も、結婚をして、そうした場面になれば考えるようになりますよ」
 撫子自身、両親が高い金を出してクローンセンターに出した子供である。おかげで病気には強いし、健康である。周りには純粋に出産された子供もいくらかはいた。そういった子はやはり口には出さずとも撫子のような存在を羨んでいたのかも知れない。所詮、持てる者の浅はかな考えだったかもしれない。

「ホビィクローンについてはどうお考えでしょう?」
 撫子はそれとなく話題を逸らした。これ以上、この話題を続けるのは苦痛であった。
「ホビィクローンは金持ち連中の道楽に過ぎません。クローン技術の発展が生んだ、悪趣味ですよ。動物に別の動物の因子を組み込もうなど」
 紳士はそう言って、向かい側のテーブルについている客を見やった。恰幅の良い婦人が、胸ポケットから虫のような羽が生えた小人を取り出した。ぶんぶんと気持ちよさそうにテーブルの上を飛び、婦人から角砂糖を一つ貰って嬉しそうに食べている。
「フェアリアンです。虫と、人の遺伝子を掛け合わせたホビィクローンです。人の遺伝子を扱えるとは、相当の金と権力をお持ちの方でしょう」
 紳士がフェアリアンと言った、その生命体は角砂糖を食べ終えて、ダンスを披露した。一歩、二歩とステップし、三歩目で宙へ羽ばたく。透明な羽を見えない速度で動かし、その場で滞空したり、宙返りをした。婦人は大層、喜んだ様子で、角砂糖をもう一つフェアリアンに渡した。

「随分と可愛い生き物ですのね。私も飼いたいわ」
 撫子の頭の中で、自分好みの顔立ちをしたフェアリアンが可愛い服を着て飛んでいた。
「女性はなんでも羽を付ける傾向にあるそうですな。私の会社にも、猫に白鳥の羽を付けたホビィクローンを持っている女性がいました」
 紳士は理解に苦しむという表情で言った。
「あら、だって可愛いですもの。男の方でしたら、どういったものをお望みになるのかしら」
「ふむ、そうですな。私の友人は犬を二足歩行できるようにしていましたが」
「それこそ、悪趣味の極みですわ」
 すくっと、立ち上がって前足をぶらぶらと揺らしながら二足で歩く犬を想像して、撫子は吹き出した。尻尾が邪魔で仕様があるまい。
「私も、ちょっと格好良いかもしれないとは思いました。ですが」
 紳士が言葉を繋ごうとした瞬間、フェアリアンの飼い主である婦人の叫び声が聞こえた。
 撫子と紳士が、なんだと思ってそのテーブルの方を見やる。テーブルの上ではビジネススーツを着込んだ蛙が口をもごもごとさせていた。口の端からは虫の羽のようなものがはみ出している。
 婦人は蛙に掴みかかり、その滑った口をこじ開けようとする。蛙の方は婦人の気勢に尻込みしつつも口を開けようとはしない。
「なにがあったのでしょう?」という撫子の問いに、紳士は「ありゃあ、蛙の遺伝子を組み込んだ人間ですな。おそらく、フェアリアンを本能的に虫だと判断して飲み込んだのでしょう」と答えた。
 婦人は蛙の口に手をねじ込むが、蛙は既に咀嚼の半分以上を終えてしまった様子で、その薄い皮膜に守られた喉は規則正しく嚥下のリズムを取っていた。

「こう言ってはなんですが、薄気味悪いお方ですわね」
「どちらがです?」
 紳士は尋ねた。
「蛙の殿方の方です」
 撫子は答えた。
「本人に言わせれば、あれこそが本当の自分なのです。ですが、本当の自分が他人に受け入れられるものかと言えば、必ずしもそうとは限りません。あれはまだ良い。世界には身体の半分以上を機械化した人間も居るのですよ」
「それは人間と呼んで良いのでしょうか?」
「心が有れば人間です。ですが、残念ながら心がどういう物なのかは、脳をエミュレーションできる現在でも解っていません」
 ついには蛙も怒りだし、婦人の掴みかかる手をふりほどき、その長い舌で婦人の顔を叩き出した。けれども、婦人は嫌がる様子も無く、その舌を掴み、そこに張り付いていた羽の食べ滓を摘み、蛙を罵倒しながら泣き出した。

 この不気味な非人が! お前のように人から喜んでかけ離れる低俗な化け物が世の中を悪くするのだ!

  そんな風な事を叫び、店の奥からようやく店長らしき男が現れ、婦人は外へ連れ出された。
「醜い争いでしたわ」
撫子は辟易した。蛙の方はと言えば肌に滲み出た汗のような奇妙な粘性の液体をハンカチで拭い、幾許かの金を払う為に、店長の電子財布と自分の電子財布を重ね合わせた。電子上で金の遣り取りが行われる。
「思うのですが」と紳士は言う。撫子はその続きを待つ。
「例えばですが、このまま時代が進歩して、人間らしい人間が消えてしまったならどうでしょう? 大きな声では言えませんが、あのような生き物は人間では無いと言う者も多くいるのですよ。肉体が変われば心も変わる。羽の無い人が羽のある鳥の気持ちが解らないように、過去の人々からしたら現在の人は、果たして人間と呼べる物なのでしょうか」
 撫子は思案する。ゆっくりと言葉を紡いだ。
「自然に頼らない進化をしているだけでは?」
「それはつまり?」
「生き物は環境に適応する為に進化してきました。今の人間は少し違うように見えます。環境では無く、自身の心の有り様に応じて自らの身体を変えているように思えるのです。大昔の映像娯楽に出てくる宇宙人みたいですよね、今の人間は。良いのではないですか、自分がこれぞ人間と思える姿形、心を持てば。間違っても蛙になりたいとは思いませんが、私は今の自分の姿が人間らしいと思っています」
 紳士は眼を見開き、撫子を見つめる。すると次にはゆっくりと瞼を閉じ、微笑んだ。
「なるほど。感服いたしました。お若いながら立派な考えをお持ちでいらっしゃる」
「いえ、そんな」
 撫子は急に褒められて少し恥ずかしくなる。
「ですが、それでは全ての生類が互いを理解し合うのは難しいですね」
 紳士は豊かな顎髭を扱きながら噛みしめるように言った。
「自分と違う物に恐怖を抱くのが生き物だと、父は昔言いました」
 撫子は父親の太い腕を思い出しながら言った。
「いけない。そろそろ時間ですわ」
 撫子はカフェテラスの壁に掛かる時計を見て言った。
「行き先は金星でしたか。良い旅を」
 紳士はそう言うとウェイターを自分の電子財布で会計を済ませた。その中には撫子の分も含まれている。
「いけませんわ、おじ様。私、お金はちゃんと持っていますのよ」
「いえ、良いのです。とても有意義な時間でした。あなたのおかげで私は人間であることが確認できた。ああ、私は間違い無く人間だ。私自身がそう思うのだから」
「おじ様?」
 紳士はとても満足そうに頷いた。ゆっくりと、何度も、何度も。
「連絡先を交換しておきましょう。お嬢さん。貴女とはまた話しがしたい」
「ええ、それは構いませんが・・・・・・」
 撫子は電子財布のモニターの操作し、電話機能を呼び出した。電話帳の画面が起動する。後は互いの電子財布を重ね合わせれば連絡先は交換できる。しかし、紳士は電子財布を仕舞い、代わりに自分の右手を撫子の電子財布に重ねた。連絡先の交換が終了する。
「えっ、これは」
 撫子は驚愕する。紳士は尚も穏やかな表情でいる。
「私は機械系の生類なのです」
「え、でも先ほどの鼻のお話しは・・・・・・?」
「私は機械であることが嫌だった。人間になりたかったのです。肉を持った生き物が機械化できるなら、逆も可能なのですよ。今では身体の八十パーセント以上が肉なのですよ」
 機械系生類は大抵が自身をさらに有能な機械へとする事を至上の喜びとしている場合が多い。目の前の紳士はその逆をしていると言うのか。撫子は珍しいものを見たと思う。
「私はこれからも身体の機械部分を捨て去るでしょう。私の心がそれを求めているからだ。それが私という人間なのだから」
 紳士は撫子の手を取り、握手をした。

「金星のお父上にヨロシク」

 さあ、行きなさい。と促し、撫子はそれに従う。カフェテラスから出て、一度だけ紳士を見るために振り返る。紳士は微笑み、撫子に一礼をする。撫子も一礼を返し、搭乗ゲートへと向かった。チケットを通し、銀河鉄道の席に着く。操縦士の挨拶がアナウンスで流れ、程なくして鉄道は走り出した。光る線路を、白煙を撒き散らしながらゆっくりと上に向かっていく。離陸時の重力が掛かり、撫子は席の腕掛けを握りしめて耐える。。

 猊下の港が、街が、星が、ゆっくりと白く霞んでいく。自身の懐へ戻そうとする地球の力を振り解いて、銀河鉄道は宇宙へ飛び出した。操縦士がシートベルトの解除許可を出す。撫子は窓の外を覗いた。

 
 小さな小さな、ただ青いだけの惑星が浮かんでいた。
 
スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 日記
もくじ  3kaku_s_L.png 頒布
もくじ  3kaku_s_L.png 小説
  • [文学的な、それはもう大変に文学的な]へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • [文学的な、それはもう大変に文学的な]へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。